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住宅地の小さな敷地に、木造で本格的なクラシックサロンホールをつくる試みである。
クライアントの要望は、横浜の一般的な住宅地にある住宅規模の敷地に、クラシック音楽のためのサロンホールと2つのスタジオを併設することだった。エントランスホール、WC、楽屋的な機能も必要となるため、限られた面積の中で各室を最小限に抑えながら、メインとなるサロンホールの容積をいかに確保するかが計画上の大きな課題となった。
当初は、残響時間や遮音性能の観点からRC造を想定していた。一般的に音楽サロンや小ホールでは、遮音性や低音域の安定性を確保しやすいRC造が選ばれることが多い。しかし、コスト、敷地条件、クライアントが求める音響性能を踏まえ、音響設計者との検討を重ねる中で、木造による音楽サロンに挑戦する方針とした。
目指したのは、一般的な木造住宅で用いられる流通材や施工技術の範囲で設計しながら、RC造に比べてコストを抑え、できる限り大きなホールに近い豊かな響きと、クラシック音楽の場にふさわしい品格を同時に実現することである。しかし計画を進めるにつれ、木造で音楽施設に求められる残響性能と遮音性能を両立することは、技術的にもコスト的にも非常に高いハードルであることが分かっていった。
音響・遮音に関わる建築材料や設備は特殊なものが多く、全体のコストバランスから採用が難しいものも少なくなかった。そのため、大規模ホールで用いられる遮音構造の考え方を参照しつつ、一般的な木造住宅で施工可能な材料や工法へと置き換えていった。施工者と音響設計者の協力のもと、場所によっては4重壁、2重天井、2重防音扉を採用し、木造躯体にALCを載せるなど、限られた条件の中で遮音性能を高めている。また、天井内の設備配管には消音チャンバーを設け、できるだけ配管ルートを長く取ることで、設備配管から屋外への音漏れにも配慮した。
サロンホールは、クラシック音楽にふさわしい気品を持つ空間とするため、縦に伸びる細長いプロポーションを基本とした。平面・断面ともに壁を平行にせず、音の偏りやフラッターエコーを抑えることを意図している。3Dシミュレーションにより音の広がりを検討し、最終的には平面・断面の双方で壁を3度振る構成とした。
また、最高天井高7.9mの空間を、一般的な木造住宅で用いられる流通材の寸法体系の中で成立させるため、柱は6m以下で継ぐ構成とした。柱を継ぐ位置にあたる梁まわりには照明や配線ルートを集約し、設備的な機能を担わせている。一方で、その上部空間には照明をあえて設けず、天井高がどこまであるかを明確に認識させないようにした。構造上必要となる柱の継ぎ手と梁を、単なる制約として扱うのではなく、設備計画と空間演出を統合する要素として位置づけている。
完成後の音響測定では、45席の木造小空間でありながら、サロンホールの500Hzにおける残響時間は空席時2.0秒、満席時推定1.3秒を示した。これは小規模な木造空間としては非常に豊かな響きであり、他の小ホールと比較しても大きなホールに近い残響特性を備えている。また、防振遮音構造により、練習室や録音室との同時利用にも配慮した音響性能を確保している。
空間構成としては、住宅街という日常的な環境から、音楽のための非日常的な空間へと意識が切り替わるシークエンスを意図した。
外観は、住宅街に建つ木造建築として周囲の風景の中に静かに佇む。敷地規模や用途上、外部へ大きく開くことはできないため、内部にサロンホールを抱えていることを過度に表出しない。一見すると用途が明確に読み取れない、抽象的で静かな箱として構成しながら、入口まわりにだけクラシック音楽を想起させるジグザグの装飾的な壁を設けた。それは、住宅街の日常から内部の音楽空間へと意識を切り替える象徴的な入口となっている。
その入口を抜けると、鏡張りのエントランスホールが現れる。鏡面によって限られた空間に奥行きと反射が生まれ、住宅街の日常から少しずつ切り離されるような幻想的な空間となる。さらにホールへ進むと、外観からは想像できない高さを持つサロンホールが立ち上がる。天井の高さを強調する木部を連続させ、壁面にはアーチ状の装飾を設けることで、小さな空間でありながらクラシック音楽の場にふさわしい格式を与えた。
外部から内部へ、日常から非日常へ。現実的な住宅街のスケールから、音楽のための非現実的な空間へと移行する体験を、音楽を聴く前の心理的な準備も含めて設計した。
計画地:神奈川県
用途:音楽サロン兼練習室
構造:木造
階数:地上2階
規模:94.92㎡